~海のシルクロード~ 小さな恋の物語 中巻②

~海のシルクロード~

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しかし才介を必死に看病する一人の少女がいました

才介さま、この菊乃がきっと…
この菊乃という少女、武家の三女にして年の頃16でした
許婚も早々に決まっていてもおかしくないのですが、このご時世にあって明日はどうなるか誰にも分らない不安からか、また菊乃が12の頃まで喘息を患っていた為に白菊という呼び名が付くほどか弱そうに見えたからか、未だこの家に留まっていました。

そんな菊乃ですから病人と聞いて放っておけるはずがありませんでしたし、誰にも言えませんが心惹かれていたのもあり、それはそれは熱心に看病を続けました。
ひとつき、ふたつき、みつき・・・
一時は起き上がるのも困難だった病も、菊乃の献身的な看病も相まって徐々に快方に向かいました。

そうして完全に病が癒えたのは、翌年 1868年の弥生も末のことでした。


長いこと病床にあり、すっかりお世話になった才介はより一層仕事に励んだといいます。
またこの頃より菊乃を花見と称し散歩に連れ出すようになりました。
屋敷で大人しくしていた菊乃のことですから最初は四半刻も歩けばそこから一歩も動けなくなってしまう程でしたが、そのうち往復で一刻ばかり歩いてもさほど疲れないほどになりました。

このことを家の者は大層喜びました
ちょっと風が吹けば散ってしまいそうだった白菊が今やどこに出しても恥ずかしくない元気な姿になったからです。
奥方様は才介に、明日からはそなたの手を煩わすこともあらぬゆえ、より一層主命に励まれるがよろしかろうと伝えました。

それでも二人は暇を見つけては散歩を続けました
才介は菊乃を、菊乃は才介を、口には出さずとも好きで仕方ありません
好き合う者同士、言葉数少なくても、ただ側に居るだけで幸せなものです
では何ゆえ二人とも口には出さずにいたのでしょうか?

士農工商 決して越えられない壁

ではありませんでした。
才介は代々続く宮大工の棟梁であったため、武家奉公人からの登用や婿入りが難しく、婿入りしてしまえば後を継げるのは6歳になったばかりの甥しかいませんでした。
菊乃もまた予てから棚上げになっていた縁組の話が再開していました。


この年の夏も過ぎ、秋も深まり、二人の恋も深まり、家中の噂も深まっていきます

そして慶応4年9月8日(1868年10月23日)
明治天皇が即位し、264年続いた江戸時代が幕を閉じました            続




オマケ
前巻にあった祖母の発言を訳してみました

へぇ今日は松茸もじこぼうもたんと採れたでなぁ、山ノ神もそろそろ行かないといけねぇつらと思ってたとこだで、遥かぶりだとは思うけんども来てくれてばあちゃんほんと助かったわぁ。もう歳だでぇめためた腰も立たなくなっていくだにしゃらごしたいわやー。降りたら夕の支度があるで代わりに入の江に行って、いくらか葱が活かっつらにやぁれ今年はどういうだだかムジナも降りてこないに出来があまり良くないもんで、いくらか別けて持っていってくりやに。

まぁ今日は松茸も網茸もたくさん採れたからねぇ。山の神の手入れにもそろそろ行かなきゃいけないな~って思ってたところだったから、せっかく久しぶりに来てくれたのに手伝ってくれて本当にお婆ちゃん助かったよ。もう歳だからどんどん(進行した末に)思うように身体も動かなくなって力も出なくなってきたからほんと疲れるよー。家に帰ったら夕飯の支度をするから婆ちゃんの代わりに入の江という畑に行って、何本かネギが植わってるだろうけどもまぁ今年はどういう訳か狸などの害獣も来なかったのにネギの出来があまり良くなかったから良いネギだけ選んで帰る時のお土産にしてちょうだい。
(そしたら時間ができるからお話してあげるね)

方言は意味が広いから難しいですね












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